products historyプロダクトヒストリー

1951ITALIA

戦後復活したイタリアの美術工芸展 1951年の第9回トリエンナーレで、1脚のチェアが金賞を受賞したことからアルフレックスの歩みが始まった。
このチェア誕生の裏には、従来の家具 メーカーではなく、タイヤメーカーピレリ社の存在がある。
戦後のイタリアは押し寄せる工業化やモータリゼーションのうねりのなか大変革を遂げ、その只中にいたピレリ社は、かねてよりドイツとアメリカで研究されていた合成ゴムをヒントに成型ゴムとエラスティック・ゴムベルトという2つの素材について、椅子・ソファへの実用性を調査しており、1948年にその実験を 依頼したのが、当時はまだ無名で弱冠32歳のマルコ・ザヌーゾであった。
その後1951年にアルフレックスが正式に設立される。

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それまでの家具が木、藁、パンヤや馬毛といった自然素材を用い、熟練した家具職人が作り上げるのが常識とされていた時代に新たな素材を用いて自由な形状を描く家具は人々に衝撃を与えた。
さらに驚くべきことにアルフレックス社は、従来の家具づくりのバックグラウンドを持つ者が全くいないゼロからのスタートであったと同時に、ザヌーゾ自身も都市計画と建築には関与していたものの、デザインの分野に関してはほとんど経験がなかった。
新たな素材を用いて未経験者だけでのアルフレックスの船出はまさに奇跡のような話であった。

このように、従来の家具の概念から離れスタートをきったアルフレックスの開発に、他のデザイナーも次々と参加。
1952年には建築とデザインの巨匠フランコ・アルビーニによる〈FIORENZA〉を発表。
「不朽の肘掛け椅子」と高い評価を得る。
1954年第10回のトリエンナーレではザヌーゾデザインの〈MARTINGALA〉が金賞を受賞。
建築家カルロ・バガーニとイタリアの建築家集団BBPRスタジオは、アルフレックスの家具を住宅のみならずオフィスや会議室などのパブリックスペース に、また1955年のグスタボ・F・プリッザーによるチェア〈ALBENGA〉は客船にと、その使われる領域を広げた。

60年代に入ると、後にアルフレックスの重要なデザイナーの1人となるチニ・ボエリがデザインに参加。
50年代のアルフレックスの思想を受け継ぎながらも、女性ならではの柔らかい感性で、現代のリビングスタイルに通ずるソファ〈BORGOGNA〉を発表。
またマルコ・ザヌーゾは1964年の第13回トリエンナーレに出展した〈FOURLINE〉〈WOODLINE〉が金賞を受賞。
さらに1965年の〈SPRING TIME〉は、シンプルでありながらそれまでのチェアとは一線を画す本質的な追及がなされ、後のアルフレックスのデザインに大きな影響を与えた。
一方、カルロ・バルトーリの〈GAIA〉はファイバーグラスで強化したポリエステル樹脂で作られたチェアで、斬新な手法を用いながらもアルフレックスの新たな素材を家具に転用するという、設立以来変わらぬスピリットが貫かれた製品となった。

「イタリアの奇跡」と呼ばれた1960-70年代の経済成長は重化学工業を中心とした戦後復興の延長線上にあるものだが、北部イタリアの家具メーカーの多くがこの時期に生まれ、躍進をするにはいくつかの好条件がそろっていた。
まず1つめの要素はミラノやコモ湖があるイタリア北部のロンバルディア地方は、昔からの家具メーカーが点在しており、これらのメーカーがこの時期に近代化を図ったり、また経験豊富な労働力が育っていたこと。
2つ目には機を熟して生み出された新しいマテリアル。
それを模索する比較的小規模で柔軟性に富み、企業家精神をもったメーカー。
そして専門分野ではあまり生かされない万能性を備えたデザイナーや建築家たちだ。
さらに大衆に発信するメディアや、トリエンナーレ、コンパッソ・ドーロのような権威ある賞や工業展。
最後に忘れてはならないのは優れたデザインを評価、理解し、支持する技量をもった消費者の存在である。
私達はこうしたイタリアのまぶしいほどの歴史から多くを学び、またイタリアンモダンファニチャーの幕開けをけん引したアルフレックスのスピリットを受け継ぎ、日本での船出にこぎつけた。

〈LADY〉の断面。
合成ゴムでつくられた4つのパーツごとにカバーで覆いそれを組み立てるという、当時は新しい手法であったパーツ構成を取り入れている。

1951年
ジオ・ポンティが初代編集長を務めたdomus誌の表紙を飾る〈LADY〉

1954年
〈MARTINGALA〉(イタリア語で外套の背部のベルトの意)と名付けられたチェアは、この椅子のカバーが取り外し可能であることを強調している。

1953年
オフィス分野への進出に成功した〈ELETTRA〉

1954年
客船内のレストランに採用されたチェア〈ALBENGA〉

1952年
フランコ・アルビーニ デザインの〈FIORENZA〉。
不朽のひじ掛け椅子と評された。

60年代からアルフレックスのデザインに加わったチニ・ボエリの〈BORGOGNA〉

〈MARTINGALA〉(イタリア語で外套の背部のベルトの意)第13回トリエンナーレで金賞を受賞したザヌーゾの〈FOURLINE〉

1965年
ポリエステル強化樹脂で作られた〈GAIA〉はニューヨーク現代美術館のパーマネントコレクションに選出された。

1965年
マルコ・ザヌーゾによる〈SPRING TIME〉は実用性に富み、 当時イタリアでも大きな売り上げをつくる。
アルフレックスジャパン創設者保科正がイタリア アルフレックス社のショーウィンドウで初めて出会い、修行期間に最も多く製作し、ミラノ在住期間も愛用したモデルでもある。

1969JAPAN

1965~1967年、アルフレックスジャパンの創設者保科正は、当時破竹の勢いのアパレルブランド「VAN JACKET」の宣伝広告の業務に従事しながらも、海外の生活に触れる機会も多かったことから、生活文化向上に携わる気概を持ち、あてもない中単身渡伊。
ミラノの街でアルフレックスのショーウィンドウに出会い、同社での修行を申し出る。
2年半にわたる修行期間を経て、極東地域の販売権、オリジナル家具の製造権を手に帰国。
1969年にアルフレックスジャパンを設立。日本での歩みが始まる。

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1969年~四谷三栄町の民家を改造した作業場で、常識の枠にとらわれず自由な発想で家具をつくるためにあえてこの業界の経験者は採用せず、わずか3名のスタッフでスタート。
旧来の土間で職人が作る家具づくりではなく、テーブルの上で1つの製品を皆でつくる新しい手法で、イタリアの8モデルを国産化することからスタート。
その直後からオリジナル製品の開発に着手し、70年代はそれまでの日本では全く使われていなかった素材、構造、表現で日本の市場にアプローチした。
従来の日本の家具メーカーがつくるソファの多くは、木軸で基礎をつくり、そこにウレタンを載せてタッカーで留めていく作りであったものを、1951年の〈LADY〉や以降の製品がそうであったように、完成されたパーツを組み上げていく手法や、ウレタンの積層で座り心地を構成するなど、現代に通じる構造のあり方へ果敢にトライした時代であった。
それはソファの中身だけでなく、応接室に鎮座する来客用の家具を、家族がくつろぐためのリビングを作るアイテムに変えるという、ソファの位置づけをも変える活動であった。
世は高度成長期時代が終わりにさしかかりつつあったが、ハウスメーカーも次々と設立され、まさに住宅供給にも新しい時代が訪れていた。
このころ創刊された女性誌に多数取り上げられたことや、百貨店の店頭に展示されたことで、少しずつではあるがアルフレックスの名前が人々に知られるところとなった。

1969年 MODEL 7
日本で初めてモールドウレタンを用いた〈MODEL 7〉。
発泡したパーツどうしが合わなかったり、ベンディングの柔らかさを一定にできないなどの苦労が続いた。
どこまでも曲がる塩ビパイプとモールド成型発泡の構造は、当時の家具の専門家を驚愕させた。
日本法人設立時のスポンサー石津謙介氏はMODEL 7の第1号ユーザーであり、メンテナンスをしながら半世紀が経過した今なおご家族にお使いいただいている

1970年 BOBO
内部に全くフレームを用いず、すべてがスラブウレタンで構成された〈BOBO〉。
電流を流したニクロム線をピンと張り、熱でカットするという原始的な製法でつくられた。
サイケデリックなファブリックは日本オリジナル。当時これほどの柄のジャージ素材は珍しかった。

1970年 RAINBOW
日本オリジナルデザイン第1号〈RAINBOW〉。
新しい素材を取り入れて、それまでにない家具をつくりたいという思いに駆られていた当時、FRPのベースにクッションを置いたデザインは保科正がイタリアへ渡る機内のシートに着想を得て形にしたもの。
家具にFRPを用いた初めての製品であった。
従来の家具ではタブー視されがちな「しわ」も、自然で美しいソファの表情に変えた。
爆発的大ヒットとなったが’73年のオイルショックでFRPの価格が倍に 跳ね上がり惜しくも製造終了に。
このヒットが以降のオリジナル製品の開発精神に火をつけた。

1970年 MARENCO
日本ではじめてカバーリングを取り入れたモデル。
この仕組みはイタリアに逆輸出された。
日本での発売から5年後の75年にはモールドウレタンを取り入れ、10年間保証を適用した初のモデル。
アルフレックスの中で最も改良を加えた製品でもある。

1973年 DECA
イタリアでは一体型であったものを、日本では展開可能なセパレート型に仕様を変え、モールドウレタンによる座り心地の改良を加えて人気を博した〈DECA〉。
さらにインコーナー、アウトコーナーにも展開できるユニットを追加したことで、 折しもアルフレックスプランニング(当時のインテリアデザイン部門)が設計した ディスコやパブといった商業空間にこの連結展開がうけ、量産することに。

1974年 GABBIANO
1つのユニットだけで展開する画期的な〈GABBIANO〉。
マレンコのカバーリング方法をさらに発展させ、縫い込まれた紐を引っ張りこみ台座に掛けるという方法でカバーの着脱をより簡便にした。
これによりGABBIANO(かもめ)の表情を作り上げている。 スチールパイプに差し込むだけで完成する軟質モールドウレタンの本体は安定性、耐久性に優れ、スペースを選ばずレイアウトが可能なサイズ感もあり大ヒットとなった。

1974年 CUSCINI
ザヌーゾ デザインの〈SPRING TIME〉の構造にならい、アーム・シートバックは合板を芯材に麻生地で張り込み、ベース部分も麻を貼り込んだ硬質のモールドウレタン仕様。
そこにクッションをセットする合理的な構造が誕生。
スペースに合わせたL字展開が可能なソファは好評を博した。
アルフレックスの展開型ソファの原型となっている。

1977年 NT
当時イタリアから帰国したばかりの川上元美氏と取り組んだ、 木と革だけで構成したチェア〈NT〉(エヌティー)。
積層成形合板のフレームの強度に確信はあったものの、積層の厚みや角度などは未知数で試行錯誤が続いた。
当初は殻を破るチェアとの意を込めて「NUT」と 名付けていたものの、他社の商標が確認され、プロモーション用のポスターを「NT」に刷り直してスタート。
この〈NT〉を皮切りにダイニングへの提案が一気に広がった。
発売から四十年余。NTチェアは今も健在だ。
2009年 グッドデザイン ロングライフデザイン賞受賞。

1977年 SIGNAL
プライベートオフィスやホームオフィスを狙った、カジュアルでモダンなパイプ椅子。
麻生地に塩化ビニールをコーティングしたカジュアルな質感や シリーズ化されたデスク、ワゴンなどの充実、 また当時こうしたオフィス的製品は少なく、リビングソファとともに購入いただくケースが多かった。

1977年 BENGODI
チニ・ボエリのダイナミックでエレガントなデザインセオリーが貫かれた、 大型モデルの傑作〈BENGODI〉。
当初はイタリアと同じ綿素材を用いたが、ソフトな座り心地である一方へたりが早いなどのクレームが発生。
また軽くベンディングする背の再現には苦労が多く、さらに一体型であることが日本の住宅事情には不向きであった。
パーツ構成に変更し、スチールのベースに背・アームをノブ留めするオリジナル構造に改良。これにより簡単なカバーリング、 堅牢な構造を実現し、デリバリーの問題も解消した。
大型で贅沢な座り心地はプレステージの高いモデルとしてその後長きにわたり君臨した。

1979年 STRIPS
数多くのアルフレックス製品を手掛けてきたチニ・ボエリ デザインの〈STRIPS〉が、イタリアで最も権威ある工業・産業デザイン賞であるコンパッソ・ドーロ賞(金のコンパス賞)を受賞。
キルティング状のカバーをファスナーで取り付けるという斬新な発想は 多くの賛辞を受けイタリアでは大ヒット。
一方日本では、抜きんでた価格と先進的すぎるデザインはなかなか受け入れられなかった。

10年間保証
1975年9月、モールドウレタンを採用したモデル・部位に10年間保証制度の適用をスタート。
様々な検証と裏付けのもとにスタートした制度ではあったが、設立わずか6年の会社が10年後までの保証をすることには多くの苦労を伴った。

1980

日本が世界最大の貿易黒字国になり、その後円高不況そしてバブル経済と、経済状況が激しく揺れ動いた80年代は、アルフレックスの製品が成熟度を増した時代である。
70年代に試行錯誤を繰り返しながら様々な素材、構造、製法にトライし、構築したノウハウのおかげで、ディテールや味付けの部分にまで検討の領域を広げた。

そしてアルフレックスジャパン最大のヒットとなるソファもこの時代に誕生する。
80年代前半は貿易黒字にも後押しされ堅調に推移、また後半はバブル経済の勢いに乗り、高額商品は大いに恩恵を受けた。
さらにダイニングアイテムが強化され、提案の幅を広げた。
一方イタリアを中心とするヨーロッパでは、80年代はポストモダンの思想に基づくプロダクトが数多く発信され、日本でもバブル経済の波に乗り、多様な試みやデザインが出現した。
しかしアルフレックスジャパンの研究開発は、実際の住まいの中での使いやすさや製品の機能を追求する方向により傾けられていった。

1981年 BONTE
79年に、〈STRIPS〉でコンパッソ・ドーロ(金のコンパス賞)を受賞したチニ・ボエリが、さらにその〈STRIPS〉を進化させ、より快適なモデルとして変身させた〈BONTE〉が登場。
重量感のあるボディに薄手の繊細なルーズクッションを載せることで、デザインの調和を図り、チニ・ボエリの女性らしく都会的なエッセンスが昇華されている。
経済状況のなかで、アルフレックスのものづくりも、それまでの70年代にトライしたスチールフレームをインサートしたモールドウレタンの基本構造が、この軽やかなデザインを可能にしている。

1982年 JI
建築家 伊丹潤氏デザインによるチェア〈JI〉は、 クロームメッキを施された角パイプフレームに 豚革のシートバックとシートを取り付けた洗練されたデザイン。
スチールの手の込んだ構造と仕上げ、成型されたABS樹脂の芯材に厚手の革カバーを専用ミシンで縫い込む卓越した技術を要したいへん高額となったが、独特のスタイリッシュさは人気を博した。

1982年 NEO CUSCINI
70年代のトライ&エラーで機が熟していた。
それまでの技術や考え方の集大成を作ろうという意気込みから誕生した〈NEO CUSCINI〉。
74年発売の〈CUSCINI〉をベースに、当時は麻張りだったベース部は、車のダッシュボードなどに使われるインテグラルフォームを採用。
汚れず丈夫なこの素材によって半永久的な堅牢度を持たせた。
クッション部は綿内包カバーで個別にカバーリング。
「本体は頑強に、クッションはルーズに。」アルフレックスの構造のコンセプトの基本となっている。

1986・1988年 LA CENA
ダイニングアイテムの拡充を図るため、「LA CENA(晩餐)」と名付け、シリーズを展開。
積層成形合板の脚部とシェルだけでつくられる〈FK〉、インテグラルフォームを初めてチェアに用いた〈KO〉など新たな挑戦を続け、コントラクトマーケットに乗り出した。

1986年 A・SOFA
設立15年を機に「アルフレックスを代表するソファ」の開発に着手。
テーマは初採用の硬質モールドウレタンによる頑丈なシェル(ボディ)と柔らかなクッションだけというシンプルな構成でソファをつくること。
アルフレックスジャパンのものづくりの歩みが生んだコンセプトを受け継ぎ、ヒットする様々な要素を戦略的に盛り込み、全力投球でつくられたモデルだ。
羽毛を含んだクッションが身体の多くの部分を優しく支え、落ち着き感とともに心地よさを感じる座り心地とファブリックを張り分ける楽しさが支持を得て ロングセラーとなった。

1990

90年代はバブル経済の崩壊以降平成不況と呼ばれる厳しい経済状況のなかで、アルフレックスのものづくりも、それまでの新素材や新たな構造へのトライアルから、それらを生かしたより実利的なものづくりへと移行した。
不況を経験することでより身近な生活の充実が見直されたことと、インテリアへの関心が高まっていた世相、アルフレックスのダイニングアイテムの拡充、収納製品の登場などがあいまって、面材やカラーを整えた「トータルコーディネート」というスタイルが浸透していった。

1997年  QUADRA
スクエアな軟質モールドウレタンの本体構成と、ハンモック状につられたベースの上に、柔らかいクッションを置くシンプルな発想のソファ。
いわば〈A・SOFA〉のスクエア版。
このモデルから羽毛クッションの内包物にウレタンチップを加え、従来の柔らかさだけでなく復元力、反発力を高めていった。

1997年 POPPY
一見オーソドックスに見える木質のフレームは、積層成形合板のシートバックボード、木のアームの強度、ベース曲面の真空プレスの技術等、多くの検証を必要としたモデルだ。
社内公募で商品化された初のモデル。

1997年 COMPOSER
初の置き型収納製品へのトライが実を結び〈COMPOSER〉としてデビュー。
「作曲家」という名の通り、ユーザー自らが必要なユニットを上下左右に構成できるフレキシブルさをそのまま打ち出した。
また今までにない50cmモジュールのスケール感が大ヒットを生み、アルフレックスらしいトータルインテリアに一役買った。
一番苦労したのは「取っ手」。
できるだけデザインし過ぎない検討の中、廻り縁からそのまま立ち上がるアイディアに辿り着いた。
艶感のあるライトブラウンカラーが 一世を風靡、10年以上人気色として君臨した。

1999年 HOLIDAYS series
アルフレックスのソファコレクションに何か新たなエッセンスを求めていた当時、折しも海外・リゾートブームの刺激もあり、日本ではできない開放感のある仕上げと従来のラインナップとの融合を模索。
そこで生まれたのがフィリピンで出会った水牛革で編み込んだ仕上げだ。
人気ソファと組み合わせた〈A・SOFA HOLIDAYS〉は爆発的ヒットとなった。

2001年 CASCATA
HOLIDAYS シリーズに新たに加わった〈CASCATA〉では、初めてシェーズロングユニットと低反発ウレタンシートの組み合わせを取り入れた。
水牛革のテイストと、足を投げ出して座るリラックス感がマッチしてこちらも大きなヒットに。
後のシェーズロングモデル〈SONA〉のベースとなった。

2000

2000年代は、世のインテリアの成熟もあり、以前のトータルコーディネートが好まれていた時代から一転、型にはまらない自由なスタイルを提案していくことになる。
例えばシェーズロングソファには従来の対面式ソファにはない自由度が入り込んできたことで、当社でも新しいスタイルへの変動が起きていた。
さらにアルフレックスジャパンで企画し、海外デザイナーと取り組む機会が増え、力強さや男性的な感覚も大胆に取り入れていった。

また創設者保科正が現場を離れ、独自のデザインチーム(C.O.D.)を立ち上げたことで、アルフレックスの理念に基づきながらも、よりグローバルな視点のデザインを取り入れることができ、アルフレックスのものづくりをさらに一歩進ませることになった。

2006年ころから表面化した耐震偽造問題やリーマンショックの影響は非常に大きかったが、将来を見据えた自社工場の設立へ舵を切る大きな契機にもなった。

2000年 ACT
「物を眠らせない収納」として開発された収納システム〈ACT〉。
しまうため、隠すためではなく、生活を機能的に、美しくするための仕組みとして誕生。堅牢なアルミのポールと、大容量の書籍が載ってもたわみにくいユニットやシェルフで構成された。

2002年 SONA
大型テレビやホームシアターの普及により、テレビを囲んでリラックスして過ごすスタイルの到来を確信して、開発されたのが〈SONA〉。
アルフレックスのシェーズロング型ソファの原型だ。
展開性のあるフラットシートや水平方向を強調したフォルムとあいまって、アルフレックスのソファの新機軸を打ち出し、数年でロングセラーの〈A・SOFA〉を超えるヒット製品となる。

2003年 VOTA & REKTA
時代の変化とともにアルフレックスジャパン自身が変化を必要としていた。
イタリア人デザイナー カルロ・コロンボと取り組み、それまでの調和のとれたスタイルから男性的なエッセンスを加えた。
マッシブでワイド感のある重心の低いソファ〈VOTA〉。
一方木目を幾何学的に表現した脚部が 力強い印象を与えるテーブル〈REKTA〉。
これらの製品を通じて明らかに アルフレックスのスタイルの幅を広げた。

2007年 AUN
「和モダン」と言われるインテリアは既に存在していたが、いずれも和風のインテリアがベースであったり、小物が中心であった。
しかしアルフレックスなら、和のテイストを取り入れてスタイリッシュなものが作れるのではないか。
数年前の〈HOLIDAYS〉シリーズで南国的な要素を取り入れた成功体験をもとに新たなトライとなった。

2007年 VASCA
もっと家族が皆で過ごせるソファがあるのでは、 ソファを満喫するにはフォルムの内側に鍵があるのではないか。
こんな疑問や発想から生まれたのが〈VASCA〉だ。
コーナーが丸い、だからどのような方向を向いても 座ることができる。
巨大な正方形ユニットは座る人数や向きを選ばず、ソファの上で過ごす時間の幅を広げた。
結果家族でワイワイ過ごすスタイルを求める人の心をつかみ、今なお熱く支持されるソファに成長した。

2008年 GALE
「世界一快適で贅沢なソファを作ってほしい。」
営業側からのリクエストに応えて誕生した〈GALE〉。
シートバックばかりでなく、シート部分にも羽毛をふんだんに使い、とにかく柔らかく身体を包み込む。
寝ている状態に近いほど傾斜させる。
その一方ウレタンのずれ、羽毛の復元性などの 課題があった。
解決のための研究はウレタンや羽毛のずれにくい構成、復元のための空気の出入りがし易い構造など、また新たなノウハウが構築されるきっかけとなった。
発売は折しもリーマンショックの直前であったが、不況の影響を受けずラグジュアリーソファは売れ続けた。
製造ラインを集約した自社工場で一から完成させた記念的モデルでもある。

2010

震災で製造現場や物流に一部打撃はあったが、その後は経済 の回復基調もあり堅調に推移した。
特筆すべきは2000年代から進んだIT化で、皆が同じテレビを囲むのではなく、それぞれ のガジェットを持ちながら集う新たなスタイルや考え方にシフトしたこと。
さらに家具業界も価格帯により競争が激化し、より「アルフレックスらしい製品」「差別化された製品」が鍵となった。
さらにメンテナンスの売り上げが2000年から10年連続で大きく伸び続け、長く安心して使える、サステナブルな構造や素材への研究が一段と進むのが2010年以降であった。

イタリアの創業から約70年。
常識の枠にとらわれず自由な発想で歩んだ日本での50年。
より快適であることを目指し、常に追求の手を緩めることなくアルフレックスのスピリットは次の50年に受け継がれている。

2010年 OMNIO
ユニット型のソファは多くあったが、1シート1人掛けの究極のセパレートソファ、しかも縦横の方向性も問わない、プレーンなデザインのアルフレックスらしいソファが望まれていた。
パズル感覚で無限の展開性を持つ〈OMNIO〉は、インコーナーもアウトコーナーも作り出せる。
かつプレーンな デザインながら、背・アームは軟質モールドウレタンを用い羽毛や低反発ウレタンなどを贅沢に使用。
住宅からパブリック空間までカバーする万能選手となった。

2013年 BRERA
快適さは絶対、でもこれまでのアルフレックスジャパン「らしくない」スタイリッシュへの挑戦を決めた理由は、大型リビングが増えていたこと。
存在感のある展開型ソファの開発が待たれていた。
ものづくりの軸足はぶらさず、少し贅沢なスタイルの追求は、〈BRERA〉の磨かれたステンレスの脚部や薄いパネル、ふくよかなクッションなどに反映され、これまでの製品とは一線を画すモデルとなった。

2017年 BOURG
重厚感のある革素材は以前から人気があったが、時代の変化に伴い革にも自然の風合いや感触を求める流れに確かな予感があった。
革が似合う、しかしながら間違いなく座り心地はアルフレックスらしいカジュアル感が楽しめること。
それらの条件のもと開発された〈BOURG〉は、革の風合いや表情を存分に楽しみながらも「滑りやすい、形が崩れやすい」などの革の弱点を克服するためにいくつもの仕様を取り入れ完成した。

2018年 ERA
ロングセラー〈SONA〉の開発から15年。
時代がより軽快なスタイルを求める中、次世代のスタンダードソファをつくろうという気運が高まる。
シンプルを極めたデザインに、これまでのソファの技術やノウハウを結集した軟質モールドウレタンの背とアーム。
脚部にはアルミダイキャストを採用し、 シートはウレタン積層の技術を余すところなく詰め込んだ。
脚さばきの良さと相反する座り心地の良さをどこまで近づけられるか。
これからの時代を担ってくれる思いを込めた〈ERA〉が誕生。

2019年 MILAN
異形ユニットで大空間もダイナミックに演出する〈MILAN〉素材の構成技術の粋を集め、ワイドシートでありながら柔らかい感触と深いストローク、さらに高い復元力も備えた。
大型システムソファとソフト系ソファの進化版である。

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