interview

自由をくれる、
温かさと若々しさに溢れた家族

ソニーのオーディオやサントリーウーロン茶、ユナイテッドアローズ、虎屋など、
時代を超えて強い印象を残し続ける広告や
パッケージのクリエイションで知られるアートディレクターの葛西薫さん。
葛西さんが80年代初頭から愛用してくださっているソファがマレンコです。
最近ではメンテナンスも受けられ、40数年前の新品同様に。
そんな葛西さんを「アルフレックス東京」にお招きし、
購入当時のことや、マレンコとの暮らしについて伺いました。(

30代に入って間もない頃に、ご家族用に2人掛けのマレンコを購入されたという葛西さん。以来、変わることなくご愛用いただいています。「買ったのは1980年頃だったと思うから、結婚して5年ほど。宮前平の初めてのマンション住まいの時です。狭いマンションでしたが、いつかはソファが欲しいな、と思っていたんです。そんな頃、景気が良かったんでしょうか、会社から臨時ボーナスが出ましてね。これはチャンスだと思って2人掛けを買って、それを部屋の隅に置きました。それがマレンコとの付き合いのスタートです」

そう話す葛西さん。もともと家具を見るのが好きで、インテリア雑誌もよく読んでいたという葛西さんは、マレンコのことも発売当初からご存じで、「ソファを買うならマレンコがいいな」と思っていらしたそうです。その後、アームレスのものを買い足して3人掛けに。オットマンも1つ追加されました。「僕は室蘭の新日本製鐵の社宅で育ったのですが、小学生の頃、同じ社宅のたいていの友達の家に応接セットがあったのに対し、僕の家は畳に座布団の生活でした。それで、祖母に『なんでうちはソファがないの?』と訊いたことがあるんですよね。そしたら『大きくなったら薫の好きなソファを買えばいい』と言われたんです。マレンコが家に届いた時にその言葉を思い出しました」

マレンコの“ヌード”が
あの大ヒット製品のヒントに

実は葛西さん、マレンコはもちろん、アルフレックスというブランド自体にも惹かれていたといいます。「六本木のAXISビルに店舗があった頃はよく足を運んでいました。3本脚のテーブル・ステーションと、そのテーブルを囲むチェア・JIも購入して、それもメンテナンスしながらずっと使っています。我が家の中心には常にアルフレックスの家具があるんです。でも、若い頃何より惹かれたのは、アルフレックスのロゴタイプ。“arflex”という字面が美しい。これはHelveticaという書体ですね。僕は高校生の頃からHelveticaが大好きだったんです。ロゴのrの曲線の先が、fの左端が省略された横線につながっている。これが理知的でかっこよくて。デザイナーの名前に由来しているそうだけれど、マレンコという名前も好きです」

最初に購入された時から現在まで、だいたい同じような生成り色のカバーを使ってこられたという葛西さん。現在は「arflex」と「marenco」のスタンプが捺された、発売当時のヌード生地を再現したスタンプ入り麻カバーをお使いいただいています。「当時、マレンコのカタログを見て、何よりもユニークだと思ったのが、何もカバーをしていない時の状態を“ヌード”と呼ぶこと。ソニーから1982年に発売されたインナーイヤーヘッドホン『N・U・D・E』シリーズは僕が命名したのですが、実はその由来はマレンコなんです(笑)。そんなわけでマレンコはソファ本体だけじゃなくて、ロゴとかネーミングとかカバーリングのシステムとか、全部がいいんですよね。だから、何年経っても古く感じない」

葛西さんは「マレンコって、大きな動物と一緒に住んでいるような気分にさせてくれる。温かさと人間味があって、家族みたいな存在でもあります。高級家具なのに可愛らしくてユーモラスでもあり、若々しさがある。ここに腰掛けていると、自由になるんです」とも。緊張感があって息を詰めるような空間で暮らすのはいやだ、といいます。「北海道の出身なので、若い頃は都会的なもの、モダンなものに憧れていました。その一方で、モダンさの中に温かさが少し残っているものに魅力を感じてもいました。デザインだけでは完結しない、人が関係することで息遣いが生まれるものが好きなんです。どこかに緩みや風の抜けるところがないと息苦しくなる。家具にもグラフィックデザインにも、そういう部分は必要だと思っています。その点、マレンコは文句なしですね。簡潔で装飾性はあまりないけれど、それだけじゃない。どこか和の要素もあるような気がします」

夕暮れのひととき、
音楽とともに横たわる幸せ

若い頃は忙しすぎて、ゆったり座っている時間はなかったそう。むしろ、夜中に帰宅したあと、疲れてそのまま横になり、そのまま眠り込んでしまうことはよくあったといいます。そんな葛西さんに「マレンコに座っていて一番嬉しい時間」を伺うと、「夕暮れ時に、自分で作ったジントニックを飲みながら、昔のLPレコードを聴くときかな」という答えが返ってきました。「マレンコにごろんと転がって、LP1枚を聴き終わる頃にふっと外を見ると、空がすっかり暗くなっている。うちにあるLPはサイモン&ガーファンクルとかクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルとかハービー・マンとか、どれも僕が若い頃に聴いていたものばかりだから、マレンコを買った当時にタイムスリップするような感覚があるんです。サイモン&ガーファンクルのLPを買った時には四畳半の部屋に住んでいたから、今は多少広くなったリビングで聴くと感慨深くて。僕は普段、人生なんて言葉は使わないのだけれど、同じ仕事を40年も50年もやってきて、作っているものも自分も変わらないな… なんて思ったりしてですね」

変わらないけれど新しい。葛西さんのマレンコ評のなかには、葛西さんご自身の姿も見え隠れしているような気がしました。

取材・文/山下紫陽
撮影/尾嶝太

葛西薫

葛西薫/かさいかおる
アートディレクター

1949年北海道札幌市生まれ。文華印刷、大谷デザイン研究所を経て、1973年サン・アド入社、現在同社顧問。ソニー、西武百貨店、サントリーウイスキー、サントリーウーロン茶、ユナイテッドアローズ、とらや、TORAYA AN STANDなどの広告制作およびアートディレクションのほか、CIサイン計画、映画・演劇のグラフィック、パッケージデザイン、ブックデザインなど、活動は多岐にわたる。 2021年に「葛西薫展NOSTALGIA」開催(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)。著書に『図録 葛西薫1968』(ADP刊)がある。