interview

今も昔も暮らしの中心にある、
モダンなお茶の間

都内の高台にある、築50年のヴィンテージマンションの一室。
優れた住宅作家として知られる建築家・宮脇檀さんの長女でエッセイストの宮脇彩さんは、
お父様が1998年に亡くなるまでアトリエ兼住居として使っていらしたこの部屋に、
会社員のご主人とお二人で
暮らしておられます。
お父様の遺された数々の名作椅子がいくつも置かれた空間の中、
ご夫妻の憩いの場となっているのがマレンコ。
子ども時代からご自宅にマレンコがあったという宮脇さんにお話を伺いました。(

大通りからの長いアプローチ。4階の高さまで生い茂る、豊かな木々の緑。このマンションの佇まいからは、昭和の時代の豊かさが今なお感じられます。「父は当時、自宅とアトリエ、それに事務所のみんなで作業する場所と、マンションの中で何部屋か借りていました。ここは以前のアトリエを父が終の住処として整えた部屋。今もなるべく、その時のままに残しています」という宮脇さん。この部屋に遊びに来られたお父様のご友人も、「変わってないね」と安心されるそうです。「守っていかなければ、という使命感もあります。ただ、みなさんに気づかれないように変えている部分もありますけど(笑)」。帽子や時計が掛かっている棚も、ご夫婦で引っ越してこられた時に、寝室エリアの壁代わりにすべく動かされたそうです。

子ども時代は
姉弟のトランポリンとして酷使!?

名作椅子のコレクターとしても知られるお父様は、生前マレンコを大層気に入ってくださっていたそう。「マレンコは私が物心ついた頃からそばにありました。このマンションに引っ越してくる前に家族4人で住んでいた一軒家にも、リビングの角には5人掛けの革張りのマレンコが置かれていましたので、当時は私も弟もそこで飛んだり跳ねたり。父はお施主さんにも必ずマレンコをお勧めしていたんです」と宮脇さん。とはいえ、この部屋の中央に置かれているマレンコは、宮脇さんご夫妻がご結婚の際に購入されたものだそう。「父が使っていたものは『織田コレクション』の織田憲嗣先生のところに寄託しました」と教えてくださいました。

「『家は家族がデレデレ・ゴロゴロするところ』と言っていた父は、帰宅するとマレンコに掛けてリラックスしていました。昔の原稿にも“マレンコにごろんとして“などと書いてあるので、私にも“マレンコは家になくてはならないもの”という意識が刷り込まれていたのかもしれません。それで、自分が結婚する時にもマレンコとテーブルセットだけは購入しました」という宮脇さんは、「マレンコは大きなお座布団のようなもの」とも。「父は障子が好きだったので、住宅を設計するとよく障子の部屋を作っていました。マレンコは障子の部屋にも合うんです」。この部屋の窓にもお父様が作られたモダンな障子が取り付けられていますが、宮脇さんのおっしゃる通り、マレンコとの相性は抜群です。

家族の宝物とともに、
長く、大切に使い続ける家具

宮脇さんのお宅には、他にもご家族の宝物が数多く飾られています。壁面にはお祖父様で洋画家の宮脇晴さんの描かれたドローイングや赤ちゃんの頃の宮脇さんの肖像画、お祖母様でアップリケ作家の宮脇綾子さんが手がけられたカラフルなアップリケ作品などが。それらと寄り添うように置かれた名作椅子の数々は、時々座面を張り替えたりしながら、大切に使われているそうです。「いいものは長く使えるのがいいですよね。マレンコもそうですが、何十年使ってもメンテナンスしてもらえるというのがすごいと思います」という宮脇さん、マレンコはカバーリングシステムも魅力、とも。洗い替え用のカバーもお持ちだそうですが、「いつかは革のカバーに!」とも考えていらっしゃるそうです。

マレンコ横の壁半分を占める本棚周辺には、旅と食に関するさまざまな書籍や、お父様が集められた民芸品、そして宮脇さんご自身のコレクションされているミニチュアなどがうまく同居。年月を重ねた部屋そのものと合わせて、なんとも言えず魅力的な雰囲気を醸し出しています。「父にとってそうだったように、私たち夫婦にとってもマレンコの置かれたコーナーは大切な場所。お茶を飲んだり、本や雑誌を読んだりと、いわば我が家の“お茶の間”です。ごろんと転がって手足を伸ばせるので、主人はテレワーク中でも疲れるとここに転がりに来ています(笑)」と話してくださった宮脇さん。誰も座っていないマレンコからも、お二人の楽しげな話し声が聞こえてくるようです。

取材・文/山下紫陽
撮影/名和真紀子

宮脇彩

宮脇彩/みやわきさい
エッセイスト

1968年東京都生まれ。父は建築家の宮脇檀氏。成城大学文芸学部ヨーロッパ文学科を卒業後、会社勤務を経て結婚。ご主人の転勤に伴い2年半のパリ暮らしを経験する。著書に『父の椅子 男の椅子』『バゲット アスパラ 田舎道』(ともにPHPエディターズグループ)、『ごはんよければ すべてよし』(講談社)。編集を務めた本に『宮脇 檀 旅の手帖』(彰国社)がある。